しゅでん日記!―支線― 第9話「電源スイッチはこまめに切ろう」 【7月】

【7月の火曜日】

朝日が差し込むリビングで、俺は目を覚ました。
俺は昨日の夜に帰宅した後、リビングで倒れていた常盤を助けようと声をかけていた。
しかし、呼びかけに反応しないまま時間が経つうちに、ありえないことに、俺はそのまま眠って
しまったようだ。
横を見ると、昨日と同じ位置で常盤が倒れていたから、俺はまたすぐに声をかけた。
すると、常盤は重く閉ざされていた目と口をゆっくりと開き、こう言ってきた。
「……お、お腹が……空いた……。」
ただの空腹だった。

「え?空腹?マジでか?え!?世界征服を企む敵にやられたとかじゃなくてか!?」
「……く、空腹が私を征服しようと……。」
「あぁ、分かった!こんな時にボケなくて良いから、ちょっと待っとけ。」
俺は常盤にそう言い、急いで台所に向かった。
冷蔵庫を開け、使い残しの食材を、使い残しの食材を……使い残しの……食材…………。
なんて俺はエコなやつなんだ。食材をきれいさっぱり使い切るだなんて。我ながら、あっぱれだ。
さて、どうしたもんか。冷蔵庫に残っているのはケチャップくらいしか無い。食材を買いたくても近くに
コンビニは無いしスーパーはこんな
朝っぱらから開いてるわけもねぇ。だいたい、今さらだが今日も学校で、徒歩で向かうには5分程度で
出発しないとまた四輪営業自動車に金を落とすことになる。
常盤に飯をと考えたところ、選択肢は2つしかない。金を渡して自ら買いに行ってもらうか、家にある
唯一の食材であるケチャップを渡すかだ。
前者を考えると、この状態の奴に買いに行かせれば、間違い無く途中で倒れ白と赤のワゴン車の
お世話になる。
そもそもこの前まで電車だったやつに買い物なんぞ出来るのかも疑問だ。
そう考えると後者になってしまうが、腹空かしたやつにケチャップを与えるって、どうなんだ。
ケチャップ渡され喜ぶなんてどこぞの黄色い電気ネズミくらいしかいねぇぞ。
……いや、待てよ。電気ネズミは電気を使う、常盤も電気を使う。
電気ネズミの生息地はトキワのなんちゃらで、こいつの名前は常盤。
見た目こそ黄色くはねぇがこれは…………ケチャップ、いいんじゃね?
「ほらよ、さっさとこれを食べやがれ。」
「ちっ、私は阿良々木くんじゃない。」
「これは血じゃねぇ!」

常盤はケチャップを受け取ると、匂いを嗅ぎ確かめた後に吸い始め、ものの1分で中身を空にした。
「助かったわ。とりあえず、これで窮地を脱することができたみたい。」
「口を拭け!マジで吸血鬼みたいになってるから!!」

「まさか、空腹で倒れるとは思わなかったわ。」
「俺も、まさか空腹で倒れてるとは思わなかったぜ。まったく、心配させやがって。」
「ちっ、心配だなんて、よく言えたもんだわ。寝てたくせに。」
「あぁいや!それは寝てたんじゃなくて、それはあれだよ、そのぉ、つまり……。」
「冗談よ。」
「あ……すみません、寝てました……。」
「だから冗談って言ってるでしょ。お前が寝たのにはちゃんと理由がある。」
「ほんと、すんませんっしたー!いくらでも謝りますんで、電撃は!電撃だけはご勘弁を!!」
「おい聞けよ。
私は昨日の夕方、帰ってきてすぐに空腹で意識を失いリビングとやらで倒れこんだ。
そこに、鉄道アレルギー持ちのお前が帰ってきて、私を起こそうと近寄った。
意識を失っている私はエレキガードを使えない。
つまり、お前はアレルギーの発作で意識を失っただけ。」
「エレキガード?電車成分が出ないとかいうやつはサンダーガードじゃなかったっけか?」
「ちっ、あんたは今まで言い間違えたことはないっていうの?」
なんなんだこいつ、自分の技の名前を間違えるなんて。行き当たりばったりでその場を
やり過ごしてんのか、こいつは。

「そういや、夕方帰ってきたっつったけど、それまでどこに居たんだ?」
「お前の乗ったタクシーを追いかけて街の中心まで出て、電車人間探しをやってた。」
「追いかけてって、どうやってだ!?」
「私は電車よ、5,60キロくらい余裕で出せるわ。タクシーくらい追いつけて当然。」
今までの言動などからして、常盤鉄について分かってきたことはとりあえず、なんでもありということか。
「なんでもはできないわよ、できることだけ。」
「委員長ちゃんか!」

「そういや、電車人間探しって、どうやんだ?」
「あんたをおとりにおびき出す。」
「は!?どーゆーこった!?」
「あんたは鉄道アレルギーを持ってる。電車人間が近づけば、昨日の夜みたいに発作を起こす。」
「毎回毎回気絶しろってのか!?」
「気絶する前に、咳が出るはずよ。咳が出た時点で相手をお前から遠ざければ、気絶しないで済む。」
「文字通り身を切る思いをして探し出すってのか!?」
「そう。だからその代償として、全てが終わった後、鉄道アレルギーを治す方法を教えるって言ったの。」
「えーと、じゃあなに?ようは俺は人通りの多い所に行って棒立ちし、咳をしたらお前が出てきて始末なり
なんなりしてお話し解決?」
「そう。」
「なるほど、簡単だな……って!!もうそれ主人公でもなんでもねぇじゃん!!」

ここで、俺は一つ疑問を持ったので、すかさず常盤に投げつけた。
「お前が一人で街に居て電車人間探しって、できんのか?」
「街にはたくさんの情報があふれてると聞いたわ。だから、とりあえず、街にでて周りの人間の会話に
聞き耳を立てたけど、
電車人間に関する情報は一つもなかった。
ここで私はこう考えたの。もしかして物語はまだ始まっていないからなにも起きないんじゃないかと。」
「そこでその考えに行っちゃったのかよ!!」
「私は、物語を始めるために他作品様の始まりをまねてみることにしたの。
そこで、紙にまきますか、まきませんかと書いてビルの屋上から投げたわ。」
「まねっつーかそのまんまじゃねぇか!!」
「まんまじゃない。オリジナリティを出す、かつ今すぐにまくかまかないか決められない人に配慮して、
後で確認する、って項目もつけたわ。」
「んな配慮いらねぇんだよ!!」
「でも私は重大で根本的な事を失念していたの。それは、誰が拾ったのか分からないってこと。」
「マジで根本的すぎるなおい!」

「ところで、今日は学校はないの。」
「やべぇ!忘れてた!」
そして俺は学校へ向かった。厳しいが、全速力で行けばどうにかなる、はず……。
俺は走り続けた。お正月の駅伝くらい走り通した。これが功を奏し、今日も1分前ながら校門を入り、
チャイムと同時にクラスに入ることができた。
そして、今日は何事も無く時が流れ、すでに帰宅の途に就いた。
家に入ると、やはり常盤が居た。
「で、今日の収穫は。」
「収穫??」
「電車人間は居たのか聞いてるの。」
「なぁに言ってんだよ、ずっと学校に居たんだし、登下校も人通りの多い道じゃねぇんだから、出くわす
わけねぇだろうが。
だいたい、万が一にも出くわしたところでお前いねぇじゃんか。」
「そういう時は、私の名前を大声で叫べば、この近所なら10分以内に駆けつける。」
「叫ばねぇし地味にタイムラグが大きいんだよ!!」
「そういえば、名前と言えば、お前の名前、なに。」
そうだ、よく考えてみれば、昨日こいつの名前は分かったが、自分の名前はボケたっきりで言えて
いなかった。
まぁしかし、向こうさんから聞いてくるとはちょうどいい。これなら自然に自己紹介ができる。
「俺の名前は、虎鉄道馬だ。」
「虎鉄道馬……鉄道に虎馬(トラウマ)あるの?」
「ねぇよ!!」

「虎鉄道馬、道馬って呼ぶから、私のことはクロガネって呼んで。」
「はぁ?なんで下の名前で呼ばなきゃいけねぇんだよ?」
「電車って、まず形式があって、その中に固有の番号が定められていて、その番号は唯一無二。
これに当てはめれば、常盤は形式、クロガネは固有番号。だから、クロガネは私だけ。」
「じゃあ常盤っていう電車人間がいるってこともあるのか?」
「私と同じ形式のがもし人間化されているなら、十分ありえる話。」
こんな危険人物、複数人存在してたまるか。
「まぁでも、私が複数いたら日本経済がいい方向に向かうかもしれない。
火力も原子力も使わず電気を供給できるからね。
そう、これこそ“エレクトノミクス”よ。」
クロガネはキメ顔でそう言ってきた。

【7月の水曜日】

週の真ん中。俺はいつも以上に全速力で学校に向かっていた。
なぜなのか。寝坊したからである。
じゃあなぜ寝坊したのか。クロガネの電気によって目覚まし時計が狂い、予定時刻になっても
アラームが鳴らなかったためである。
時は既にチャイムが鳴る5秒前。なのに俺の目には今だ学校が映らない。
今度こそ本当におさらば……俺の食堂5パー引きライフ……。
そして、授業開始から数分経ったころ、俺はぜいぜい言いながら校門、ではなく裏門を通りぬけた。
校門を通るのは気まずいからである。
それに、廊下で先生たちとすれ違うのはアレなんで、人気の無い生徒会室周りで教室まで行けるから
である。
幸い、うちの高校は土足だからげた箱をいちいち経由しなくて済む。
校舎に入り、足音を立てないように足早に教室へ向かった。生徒会室前を通り過ぎ角を曲がろうと
した時、角の向こうから人が
飛び出してきた。俺がギリギリの所で立ち止まったため、出合頭の事故はさけられた。
しかし、ほっとしたのもつかの間、そいつの手を見ると刃物を握っていた。そして、そいつは喋り始めた。
「あぁ〜、なんでよけちゃうのかなぁ〜、これでぐっさりと刺して痛みを存分に味あわせながら
逝かせてあげようと思ったのにねぇ〜。
ん〜?どうしちゃったのかなぁ〜?そんな驚いた顔しちゃってさぁ〜。そんな顔されるとこっちこそ驚き
なんだよねぇ〜。
だって、もう君の周りでは驚きの出来事が色々あったはずだしねぇ〜、例えば、鉄道アレルギー
だったり電車人間だったり。
おややぁ〜?またさらに驚いた顔しちゃって、君って面白いねぇ〜。
うん、まぁいいよ、僕が君を刺せなかったお詫びとして、今君の中で思っていると思う疑問に簡単に
答えてあげるよ。
なぜ僕が君たちについて知っているのか、かな?これの答は一つ、
僕が電車人間だからさ。
え?簡単すぎて分からないって??
なら死んでゆっくり考えろ!!」
そう言うと、こいつは手のひらを俺へかざすように向けてきた。とりあえず俺は逃げようとしたが、
もう遅かった。
「あれぇ〜?逃げないの?逃げたくないの?
まぁ逃げたくても逃げらんないようにちょっと君の体をしびれさせて動きを止めてるからねぇ〜。
そういえば、なんだっけ?クロガネ〜とか叫べば助けに来るんだけ?」
くっそぉ、アレルギーのせいで咳をしたいのに体が動けねぇからできねぇ。
「名前を呼べば駆けつけるヒーロー、いったいいつの時代?笑っちゃう!おっかしいぃ〜!」
すると、そこにはいないはずの人物の声が聞こえてきた。
「今の時代は、ヒロインがくるものよ。」
そう、クロガネが突如姿を現したのだった。叫んでもいないのに。いや、そもそも叫ぶ気は無かったが。
「さて、さっそくだけど、襲撃理由を言って壊されるか何も言わずに壊されるか、選びなさい。」
「なになに?どっちの選択肢選んでも同じ結果?理不尽だなぁ〜。
だいたい、今は脳内選択肢の時代だよ〜?
まぁいいや、だったら僕からも君に選択肢を与えてあげよっかなぁ〜。」
「ちっ、黙りなさい。」
「まぁまぁ〜そんな怖い顔しなさんなってねぇ〜。
だいたい、僕は君を倒しに来たんじゃないんだよねぇ〜。
同じ電車仲間として、同士討ちはねぇ〜。」
「じゃあなんで道馬を襲撃したの。」
「常盤鉄、僕達は電車なんだよぉ?電車ってのは運転士がいて動くんであって、運転士がいない
電車はただの箱。
そこの虎鉄道馬は君にとって運転士。これさえ居なくなっちゃえば、君は動いていないも同然、ただの
箱になるってわけさぁ〜。」
「じゃああんたにも運転士がいるっていうの。」
「はっはっはっ、まっさかぁ〜。僕が人間ごときに命令されるわけないじゃん。
だって、僕の世界征服は人間どもの上に立ち、世界を僕のものにすることなんだからねぇ〜。
そうすれば、今までみたいに人間どもの命令で走らされたり止まらせたりなんかせず、僕自身の命令で
自由に世界を走れるんだからねぇ〜。」
「そう、わかった。じゃあ、消えなさい。」
そして、クロガネはやつに向かい電撃を放った、見るからに強力そうなものを。
その電撃がやつの方に着弾した瞬間、あたりに爆風が起き、埃で視界が悪くなった。
ちなみに、やつに痺れさせられている俺は、爆風で飛んできたいろんな破片が顔面を直撃し、
鼻血がどばっと……。
「鼻血垂らして……変態さんですね。」
つっこみたいが声出ねぇぇ!

少しすると宙を舞っていた埃が落ちてきて、視界が良くなってきた。
やつがいた付近を見ると、そこにやつはうつぶせで倒れこんでいた。
「さすがは初戦の相手、私の電撃で一撃ね。」
やつを倒したクロガネは俺に手を当ててきた。すると、しびれは無くなった。
「しゃ、喋れる!?俺、喋れてる!?」
「あんたを痺れさせていた電気を私が吸い取ったから。」
「ん?だったらよぉ、お前がこの場に来た時に俺の痺れを取ることできたんじゃねぇのか?」
「忘れてた。」
「おい!」

クロガネがやつの所へ近づくと、やつはまだ生きているそうだ。
ちなみに俺は、近くへ行くとアレルギーに反応してしまうため、遠くから見ている状況だ。
「……ぼ、僕は、まだ、負けては……。」
「もう足が逝っちゃってる。電車として走ることはできない、あんたはただの箱。」
「さて、どうして俺たちについて知ってんのか、詳しく教えてもらおうじゃねぇか、殺人未遂さんよぉ。」
「…………が入ってた。」
「あぁ?なんだってぃ?遠くて聞こえねぇよ!」
「……電車ってのは無線が積まれてて、そのスイッチが入ってた。だから君たちのやり取りは無線を
通してダダ漏れ。」
「は!?」
「あ、切り忘れてた。」
「っておい!」

「あと、もうひとつ疑問に思ったところがあるんだけどよぉ。」
「……なにさ、もう僕は走ることはできない、それは世界征服もできないってことかぁ〜……
遺言代りに、なんでも答えちゃうよ。」
「その世界征服についてなんだが、それはお前たちを電車から人間化したやつの目論見だろ?
なのに、お前はあたかも自分が世界を統治する的な発言をしていたよな?」
「……あたかもって、はっきり僕のものにするって言ったはずだよねぇ〜……?
……だいたい、僕が受けた命令ってのは“世界征服を達成させたまえ”とだけだからねぇ〜。」
「ちょっとクロガネに聞きたいんだが、お前はなんて命令を受けたんだ?」
「一緒。世界征服を達成させたまえって。」
「どころでクロガネ、お前も世界征服を達成させようとしてるのか?」
「もちろん。私は、世界征服しようとしてるやつらを征服し、電車人間全員で恨みを糧に、電車人間に
したやつをぶっつぶす。」
「なんか言ってることは悪役に近いんだが……。」
「なにを言ってるの。私がこの世界征服を達成しない限り、他の電車人間によりバッドエンドな
世界征服が訪れるかもしれないのよ。」

「ところで、こいつはどうするんだ?」
「どうするって、こんな攻撃性高いの野放しにしてらんないし、保護したところでいつ牙をむくか。」
すると、やつはご機嫌そうに俺たちにこう言ってきた。
「ねぇねぇ、君たちさぁ〜、僕をどうかするより優先順位高いことあるんじゃないのかなぁ〜?」
「あぁ?なんだ?」
「それは周りをよく見てみるといいさぁ〜。」
そして俺は周りを見た瞬間、固まった。
今まで、動揺していたから気付かなかったが、さっきクロガネが電撃を放ったために、
その付近の校舎が原形が分からないほどボロボロになっていた。
「や、やべぇよ、おい、クロガネ!俺、退学どころの問題じゃ済まねぇんだけど!」
「……記憶にございません。」
「どこの政治家だ!
つーか所構わずやるにも限度があるだろ!!」
「そうだよぉ〜、君。
僕だって、ここの一生徒として被害が出ないようにナイフで済まそうとしたんだからねぇ。」
「私、生徒じゃないから関係ないわ。」
「つーかお前、ここの生徒だったのかよ!?」
「そんなことよりさぁ、早く、あれ、やっちゃいなよぉ〜、そうすれば、この校舎だって元に
戻るんだからさぁ〜。」
「あれってなんだ??」
「たぶん、タイムトラベルのことを言ってるのよ。」
「ご名答〜!」
「そうか!今日の朝に戻ればいいのか!」
「そうだけど、一つ問題が。
朝ということは校舎が壊れる前。
まだこれとも出くわしてないということ。
戻った時点で戻る前の記憶は私と道馬以外無かったことになるから、もう一度戦う可能性がある。」
「なるほど……それでこいつ、機嫌がよくなったのか。」
「さぁ〜、早く戻らないと君たちの未来が大きく狂ってっちゃうかもよぉ〜!」
さて、どうしたものか。
戻らなければ俺の人生に事実上の終止符が打たれる。
戻れば今度こそ殺され正真正銘人生の終止符が打たれる。
戻るべきか戻らざるべきか。
「選択の時よ。戻るか戻らないか。」
「いや、これ、どちらか一方を選択するなんてこと……。」
「あんたの好きな選択をすればいい。安心しなさい、選択した道で何があろうと、私はあんたを守り
抜いてみせるから。」
「ク、クロガネ……
って!そういうセリフは本来主人公である俺が言うべきセリフなんだけど!!」
そして、この後もう少し考えた挙句、俺は戻ることを決めた。
なぜなら、電車人間との戦闘で学校が壊れることは、世界が本来歩むべき道とは違うと思ったからだ。
それになにより、俺はクロガネの言葉を信じることにした。

第10話へ続く

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